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ビートルズプロジェクト

第2部

〜 大人たち 9曲 〜

瑠璃子のお墓

るりいろ 瑠璃子の お墓に 今日は…

瑠璃子のお墓

るりいろ 瑠璃子の お墓に 今日は くっきり 紅を差して あげましょう 等身大の大理石 人魚のように半裸体 これが四二歳で自殺した 女が望んだ自分のお墓 四二なら まだ これからというときに これ以上 老ける自分を見たくはないと たしか死ぬ三日まえ 彼女を写した全裸体 いまでは後光が射すように フアンの間で奪い合い 男を愛し 愛された 恋多き女にとって わたしは裸の自分が好きよと言って退ける自信の根拠 同じ歳のわたしは一度 彼女と同じポーズを取って 写真を写したこともあるが 等身大に並べて見ると 瑠璃子のからだに 圧倒される まだ一七歳の女子高生が 若い肉体たからかに 宣言した日を 想いだす その日から 彼女は男たちの瑠璃子になって 出版された写真集も 一五冊 わたしたち女仲間の間でも いったい誰を 瑠璃子はいちばん 愛したのかと 選挙のような真似を したことがある 百人の男たちに崇拝されて磨き上げてきた 女の全裸こそ 彼女にとっての 得がたい愛じゃ なかったのかしら ただの一度も 男との関係で傾くことのなかった 女の瑠璃子 その自信を刻んで 彼女は死んだのよ

いい女だね あんたは

降りしきる雨の飛沫を浴びながら…

いい女だね あんたは

降りしきる雨の飛沫を浴びながら 涙の河を渡ってきたくらいの女だから あんたも死ぬくらいの度胸はついているだろ 男に騙された そんなくらいで泣くことも 胸を触られた程度のことで泣き叫ぶなんてこともないはずだ 睨むように輝く眼つき見てりゃあ分かるけど あんた 騙されるまえに男を騙すってタイプだね 触りたいんなら 触らせて 代わりに がっぽり財布抜き取る玉だよね 壊れかけた心の橋まで渡って来たんだからさ 傷つくなんてウブなこと言わないね あんたも綺麗な肌してるけど そんな女の綺麗の皮 一枚めくってみれば分かること ズタズタに切り刻まれて傷だらけ 五人じゃ足りない奴らに騙され売られて踏みにじられて さんざんの冷や飯喰ってきたわけだ そん代わり 男の眼ん玉 刳りぬくだけの度胸もあるね いいよ いいのよ 詳しいことなんか話さなくっても その見事なお顔だけで ベタ惚れしてくる男たち わんさといるから大丈夫 大丈夫 さらりと浴衣着流して 片袖ちょいと脱いでごらん いい胸してるよね それだけで 男なんて 馬鹿なツラによだれ垂らして寄ってくる そいつらを片っ端から喰ってもらえばいいんだよ わたしがあんたに惚れたのは ひと筋縄じゃ掴めないって女だからだよ

井戸の中の私

いまの私が住んでるこの世界 古い井戸の底の底…

井戸の中の私

いまの私が住んでるこの世界 古い井戸の底の底 いくら見ても 見ても 見渡しても 見えてくるのは いつもの同じ景色だけ 暮らしに困っているわけではないけれど いつもながらの同じ時間が同じように繰り返す 退屈しているのでもないけれど まわりの人びと とても早く歳をとる 三〇歳で老人になり そのまま人生一〇〇年が過ぎてゆく 私には人を愛する意味が分からない 子供のころから愛されすぎて豊かに育ち 誰かを愛して抱くよりも いつも誰かに愛されて抱かれることに慣れている 一〇代もちろん 二〇代の青春も遊んで暮らす日が多く 結婚などは三〇歳を越し 老人と呼ばれるようになってはじめて解禁される セックスする意味も意欲も失われ 男子たちはみんな去勢っ子 人口受精のAIで 子づくり政府に管理され 優秀で健康な子だけが産まれてくる 幸福と豊かさ 最初から約束されていて ゲームすることだけが 楽しみに いつの間にか自分自身 ゲームのなかに取り込まれ ゲームしながらゲームされているのに気づいても AIのプログラムからは逃れられない人生に 取り囲まれて生きている とても古い井戸の底

宝石

必ず帰ってくるよと言ったきり…

宝石

必ず帰ってくるよと言ったきり 三年経っても あのひと帰ってこなかった 心名残を消せなくて あと二年を待ったとき 片目の潰れた 坊主頭の男がやってきて あいつは死んだぜ 殴り殺しに遭って死んだと聞かされた オレも そのときの生き残り ひでえもんで 百人が滅多切りに斬られたり 犬でも殺すように 棍棒で殴られた 男ははらりと涙を流し 涙も出ない片目の奥から 一粒のダイアモンドを 抉り出す これが あんたへの 奴からの伝言だ 半分は坊主頭の汚い膿が巻きついた白い石 どんな価値が あるのやら それでも 男は別れ際 騙されるんじゃねえぜ その石 一億だって買えやせぬ 言い残して去ったあと 小川の水で洗った宝石を ほかの小石と混ぜて 小袋に詰め込んだ ほんとうだったら という期待 でも 嘘と分かった時の落胆が 片目の潰れた男の顔より怖かった

ヨイコのお船

ヨイコの船には ヨイコしか乗れないの…

ヨイコのお船

ヨイコの船には ヨイコしか乗れないの 頭のヨイコもいるけれど たいていのヨイコは 他人の心を盗んで 自分の心に足すことの上手な子 何かにつけても 損得がヨイコの羅針盤 トクになることだけに眼をつけて ソンなことなど絶対に手出しはしないヨイコたち 女の子なら上手なお化粧と同じくらいに たまらないほど 上手く嘘がつけること では、何に「たまらない」ってお聞きなの 男の子たちにとって「たまらない」ほどの 魅力的な女の子 ちょっと見ただけで 我慢できないくらい好きになり その彼の「たまらない」気を さらりと外せる社交術 シッカと具えてる これまた 大事な損得極意のひとつなの 好きな気を外しながら 必ず 気を惹くそぶりも忘れない ときには女のセクシーたっぷり振りまいて もう「たまらない」ほどの女の匂い浴びせるわ ヨイコは いつもヨイコの真似の上手な子 真似が上手になればなるほど ヨイコは女の魅惑も増してくる 世の中でヨイコだけが乗る船は ごーか客船よりも 素敵なの

これが大人の愛かもね

やあ 今晩は ボン・ソワールとでも申しましょうか…

これが大人の愛かもね

やあ 今晩は ボン・ソワールとでも申しましょうか それとも ミラノ風に ヴォナ・セーラ あなたは いつも 薄着のドレス 乳房の形が よく似合う 夕食のあとは テラスでひと休み 軽いコーヒーいただきながら あなたはロングフィルターのタバコをふかす ああ ぼくも知ってるコックテールのシガレット 反対に ぼくはバルカンソブラニー黒ラベル 椰子の木陰を透かして 深夜の風が 胸に垂らした あなたの髪を密かに揺らす そうですね ぼくたち 秘かな恋ですが なかなかの風情です ちょうど あなたの機微のよう 誘いながら そ知らぬ風が それでも 密かに揺れている 陽の明けるまでには まだ長い あなたのシルクのドレスが滑り落ち どこからともなく 聴こえる小声の意味で ゲームなのよと 囁く笑みが ぼくの伸ばした手の先に チークダンスのあとの優しさで ふたりの時間に融けてゆく 大人の恋のオードトワレの香る夜  

クラクラ クラクラ

愛はくらくら 目がしらに来る…

クラクラ クラクラ

愛はくらくら 目がしらに来る 眩しすぎて眼がくらみ よく見えるはずのものが ぼやけてしまうのさ そこで ついつい 間違って取り違え たいして愛してはいないのに 愛を告ることになる 愛を受ける相手も相手で アイ・ラブ・ユーや愛していますと 真顔で告られたとしたら だよ その一瞬 曇った空まで光が射して くらくら 眼の廻る感覚に 必ず 周囲の景色がぼやけるさ 夜の告白も また 残酷で 昼間のような明るさ欠ける その分だけ 言葉がじんと 直にハートを射してくる その上 周囲が暗いので これまた キスにはもってこい 唇うばわれ さらに くらくらと 昼でも夜でも 何でもいいけど 言葉やキスで抱きしめられると もう いけない 尋常な判断 どこえやら 慌てふためく心が ドキドキ逆流し 頭の中は 真っ白け これじゃあ 間違うのも無理ないね

ああ わたしにも大人の匂いが香るよう

尋常じゃない 尋常じゃない…

ああ わたしにも大人の匂いが香るよう

尋常じゃない 尋常じゃない 呪文のように ひとつの言葉が囁きかけてくる 一六歳 キスも 男の人に抱かれたこともなく 急に成長しはじめた胸に 手を当てる ひと呼吸 ふた呼吸 弾む息に溺れても 尋常じゃない 尋常じゃない どこからか誘いかけてくる ことばの声に聞き惚れながら 少女のわたしは ゆっくりと 胸から下に手をおろす 尋常じゃない 尋常じゃない 分かっているけど わたしは かまわず 声に押されて 少女がひとり 仰け反って 旧い蔵の土間は 昼間も暗く 高窓の小さな窓から射す光 それでも くっきり わたしの脱いだ姿を 映してる 一七になると 尋常じゃない の呪文も消えて 切ないの 切ないのと訴える 大人びた女の声が沸き起こる 暗がりの土蔵のどこかで 誰かが わたしを見ているような視線を感じ わたしも 大きく 自分を拡げて 見せてみる 切ないよ 切ないの 絶対に わたしの声ではないけれど 哀調を帯びた大人のひとの嘆きの声を聴くたびに ひとつずつ わたしも大人に成長していく 実感が

それでも わたしは生きてゆく

小さな石を ポンと 投げてみた…

それでも わたしは生きてゆく

小さな石を ポンと 投げてみた 波紋にもならない 水の輪が 浅瀬の流れに 融けていく 二時間は 経ったのかしら 片ときも止まらぬ水を眺めても よい思案 浮かぶはずもない いまの仕事でキャリアに進むことは無理 遊んで暮らせるほどの家柄でもないし 無条件のお見合い 引き受けるほかはない 好きも嫌いもないけれど 相手にとっても同じこと 写真だけの女の過去が 濁流のように荒れてたことも わたしひとりの 胸の中 三二歳の女が一二年 追いつづけ 絡まりつづけてきた修羅場の愛も ひとは喩えて 不倫と呼ぶが わたしと男との関係を 知っているもの だれひとり いないはず いれば当然 わたしは逮捕されていたはずで 半年前 男を殺して 実家の街に帰ってきた 写真の男と一生涯 ここで暮らすことになる 濁流の過去は消えて 目の前の 浅瀬の流れに 似たような